「働き方改革」これは必ず達成されないといけないことでしょうし、時代はそこに向かっています。
では、その働き方改革ですが、きちんとその本来の意味を伝えていく役割をテレビやマスコミはしているのか。
あたかも「長時間労働は悪」みたいなことを流布していないか。
それもその記事を書いているマスコミは超長時間働いているのに。
働き方改革というのは長時間働くことが悪いということではなく、いろんな働き方が認められる世の中に変えていこうということです。
これまでの「朝に会社に行き、夜帰ってきて日曜が休み」というのがスタンダードではなく、いろんな働き方。それが可能になることで、いろんな事情のある人の力をマックスに出せたらというのが目的でしょう。
労働者として使用者に「朝の8時から夜の20時まで働け」と言われ、作業を続ける。
労働者は黙々と作業を続け、さすがに時計が1周回る間、同じ作業をしていたら疲れるのでその時間を短縮させる。
考え方として、単純な労使関係として時間が担うその意味は大きい。
でも、しなければいけないからやらされている労働者的価値観の人ばかりではない。
いっぱい働きたいから仕事をしているケースも往々にしてあります。
仕事の多くは時間に比例して成果は生まれるものです。それは特殊な仕事においてもほぼ例外はないでしょう。
私自身、今も仕事をしています。日曜日、家で。
時間を増やすことにより、事務処理は確実に進むのです。そして考える時間をとることでもっと進むのです。
また、明日会社で全体に、また個人に朝一で指示したり、スタートさせたりしようと思えばその時間にはその内容は完成しておくことが絶対条件です。
そのためにはこういう休みの日は非常に有効ですし、ここで時間を人より増やすことで仕事の量が増え、結果として必要と定めた質に追いつくことができています。現状では。
これは経営者だけではなく、会社員にも多くあることでしょうし、成果を生みたい、感じたい、獲得したいと思うような仕事に就いている、している人であれば時間の長い、短いはもはや問題ではないのです。
私の以前勤めていた会社では、夜中の1時に終礼が始まることがザラでした。
しかし、それ自体にそこまで不満はありませんでしたし、それをうわまわるやり甲斐と将来への野望がありましたし、やればやるだけ、それも「頭を使い、行動すれば」結果が確実に他人と変わることに面白さを感じ、刺激的で時間に対して考えたこともなかった。
そこまで、と書いたのは睡眠不足だけはあったからです。
でも、そのあとまだ遊びに行っていましたけどね。
労働基準法に定める1日8時間、週に40時間という目安。ここで生きがい、やり甲斐を感じることができ、人間として成長し、そして当然企業として利益が出ていけばそれはそれでいい。
でも、8時間という時間を労働者として使用者に使われるという概念は持ってはいけない。それではモノです。時間を働いていくらみたいな。
本質は時間ではなくその人の感じ方ですし、考え方。
最後に、長時間労働で過労死してしまっては元も子もないですが、長時間労働は特に若いうちは経験したほうが良いと思います。
昔あれだけやったよなぁというのは年を取ってからの自信になります。笑い話にもなりますし、クタクタになって朝方に家に帰った(帰れるだけマシ)あの感覚。
みんなで語り合ったあの真夜中、作業したあの部屋、準備したあの日。
人は夢中になるようなことでは疲れません。夢中になる内容は人は仕事であるべきですし、仕事こそが人を成長させてくれる。そういうものを与えられたことで見出すことはその人の宝でしょう。
世界はもっと仕事をしているらしいですよ。
また日本の大企業がどれだけ働いているか。
世界の優秀な人材が、そして日本のエリートがそこまで働いている。
優秀な人間がいっぱい働いて出す結果を私が出そうと思えばもっとやることしかない。本当に優秀な人はすごいできますから。
さすがだなと思うのは、働き方改革の実務をしている国家公務員の仕事をしている時間。圧巻です。
国家公務員は労働基準法の適用対象外、さすが創る側はその本質をよく知っています。
結果というものを出すためのクオリティーを上げるための多様な方法、考えていくことがこれから生き残れるかの課題、そして成果を求めて自ら働くこと、これこそやり甲斐ではないでしょうか。
時間の長い、短い、どうでも良い話だと私は思います。