社長の日記「つみかさね」

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2019年04月20日

最高は「出来るかどうか分からないよ」

現場調査に行き、次回にプランと見積りを提出するという段階で、帰る間際にお客様に対し「頑張りますので、気に入っていただけましたらよろしくお願い致します!」とひと言お伝えすると次回契約に繋がりやすいものなのです。

なぜなら簡単なことで、お客様に決めてほしいというこちらの気持ちがダイレクトに伝わるからです。

 

そして、それをお伝えした際のお客様の反応、言葉で次回の結果はある程度読めます。

 

「ご満足いただけましたらよろしくお願い致します!」とこちらが言ったとき、最も良いお言葉は「出来るかどうか分からないよ」です。これがベスト。

 

そしてそれと同じくらいの位置にあるのが「するかどうか分からないよ」「どうなるか分からないよ」となります。

 

私の経験則で絶対ではないですが、「出来るかどうか〜」という言葉を選択される方は工事をする気であり、後はプランと予算次第なので頑張ってほしいという心理から受動的な表現となるのです。

 

後者は少し違い、あくまでまだ工事をするという事は心の内面でも確定していなく、それが「出来るかどうか」ではなく素直に「するかどうか」「どうなるか」という能動的表現として顕在化すると分析しています。

 

 

他にもいろいろありますが、一番最悪なのは何だと思いますか。

 

それは「はい、はい」です。はいの二回連続です。

 

それも目も合わせてもらえない軽い「はい、はい」

 

これを言われると内心「あかんっ」となる。

 

 

皆さんがお客様のとき、帰る間際に営業担当がそんなひと言を不意に言ってきたら、それぞれに思われている事をそんな風に応えてしまいませんか。

 

 

「出来るかどうか分からないですよ」と言われたら、そこを深掘りせずたったひと言「はい、決められるのは〇〇様ですから」と笑顔で言う。決してそこで長々とまた会話を始めない。

 

相手に対し、自分はこうするのでこうしてほしいと心から伝える。伝われば応えてくれるし、それが出来ていないと当然応えてもらえない。

 

情熱は伝わらなければ意味がない。そこにテクニックを使うのがプロだと思うのです。

 

「出来るかどうか分からないよ」と言っていただけるよう、それまでに誠心誠意全力を尽くすのです。決して見積りを提示してから頑張るのではありません。

 

契約になるように自ら持っていく。そして、そう言っていただけるように努力する。

 

 

 

 

 

 

posted by orangeknight at 09:55

2019年04月19日

赤字の責任は経営者にしかない

今日の神戸新聞の9面です。

 

神戸新聞

 

 

毎日毎日LIXILの商品を販売しているものとしてひと言。

 

「ダサい」

 

 

オーナーが社長として雇った人間を、やはり方針や考え方、価値観が合わないからと辞めさせるのは普通であると思いますし、どんな組織でも最後は好きか嫌いか、可愛いか可愛くないかですから、今までの問題に関してはそこまで騒ぐ必要はあるのかくらい思っていました。上場企業は大変だなと。

 

いわゆるパワハラメールも同じです。新聞紙上だけの情報ですが「分をわきわきまろ」発言ですか。

なんでもかんでもパワハラと言い出したらすべて世の中はパワハラです。つまらないと感じていました。

 

しかし、今日の新聞の、赤字を経営者がお互いに擦り合うのはダサい。ダサすぎます。

 

従来予想の黒字15億から530億円の赤字。良いじゃないですか。しょうがない。倒産しないでしょう。黒字もあれば赤字もあります。

 

それをあいつのせいだと言うのは経営者として最低です。

 

赤字は経営者の責任です。

 

また、辞めるという事でとれる責任って本当に楽です。羨ましい。

 

例えばうちの会社で「5000万円の赤字でした。責任をとって辞めます」と言って良いならそんな楽なことはありません。

 

私が辞めてもその5000万円はそのまま私個人に覆いかぶさってきます。逃げられない。いつも覚悟しています。

 

 

赤字を理由に辞めますは本当にカッコ悪いです。私の責任ではないという雇われた経営者も同じです。

 

「自分の責任だ。株主、従業員のみんな、見ていてくれ、次は絶対に黒字にするから」くらい言えよと思いませんか。

 

記事を見て、毎日LIXILの商品を売っている人間として感じた事でした。

 

LIXILやそこの社員の方々には本当によくしていただいているので余計に思うのです。また怒られそうですが。

 

 

 

 

 

posted by orangeknight at 15:47

2019年04月18日

市議会議員選挙の選挙公報を眺めていて

市議会議員選挙の選挙公報を眺めていて感じること。

それは票に繋がるものを作っている方がいるということ。上手い。

 

皆さんは市会や県会の議員を何基準で選ばれるのでしょう。

 

市会くらいになると「近所に住んでいるから」とか「会ったことがあるから」を理由にされる方は多いと思うのです。

 

しかし、大半は「なんとなく」が理由で、仮に心の中でAさんにしようかなと思っていても、誰かまわりの人に「Bさん良い人らしいよ」と聞くと、実際の投票ではBと書くことが多々起こると想像されます。

実際その程度で、議員の実績や経歴など誰も知らないし興味もない。

 

Cという議員のまわりにいる人たちの多くは、彼と利害関係が絡んでいて、それは市会、県会議員もよく分かっていて何とか取り巻きが喜ぶ実績を残そうと動く。

 

その際に非常にたくさんの人が言うのが、多数を取っている党に所属しておかないと何も出来ないというのですが、我々普通の人にはそんな中身までは見えない。

 

なので新聞に入っている選挙公報や街中に貼られているポスターの印象で「なんとなく」投票する。

 

 

話は戻りますが、選挙公報。一部の、どう考えても団体や地域の組織票があり当選が確実な議員なら何を書いてもいいでしょうが、新人や当落線上の人ならもっとここで「有権者の不満の気持ちをくすぐらないと」いけないでしょう。

 

普段「これには納得できない」と多くの人が思っている問題は何だろうと考え、それを解決しますとか、それと戦いますと書けば良い。

 

まず当選しないと始まらないのですから、当選してから自分のやりたいこと、志を出して活動したら良いと思うのですが、なかなか上手な方と失礼ながら下手な方がいます。

 

相手の気持ちが分かるということはリーダーには絶対に必要な事で、まずそこを理解できているかどうかでその後の実績も決まるでしょう。だから選挙公報に書くべきことは大事だと思いますし、素直にそれを読んで決めれば良いと思うのです。それが分からないようでは行動はちくはぐとなります。

 

何をしたいと書くのも良いでしょうが、「共感を得る内容を書く」ということがセンスだと私は素人ながらに思います。

広告を作ってきて少し理解できたことなんです。たくさん失敗しましたからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

posted by orangeknight at 14:17
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