これは自分の仕事、これは自分の仕事ではない、という判断基準で自分がする仕事を選別してしまうのは惜しいことだと思います。
毎日の会社の花壇の水やり、ゴミ捨て、倉庫の整理や電話の応対やファクスの配布。毎日を普通に過ごせるのは、誰の役割かを明文化されていないことを誰かがしてくれているからであります。
会社にママはいないので、誰かが無くなりかけた洗剤を買ってくれている。悩んでいる社員に気づき、話を聞いてあげている。
だから毎日が普通に回っている。今日、そうやってパソコンを打てるのは朝に、はたまた昨日に会社の冷蔵庫を掃除してくれたその人のおかげです。
自分の仕事ではないかもしれないですが、気づいたのならあなたがその物事について向かい合うべきです。
何の評価も得られないなぁと思うこともあるでしょう。
余計なことに首を突っ込んだがゆえにストレスとなったこともあるでしょう。
しかし、見てくれている人は必ずいます。いないわけがない。今現在、それを感じられない時は自分自身はそれを知っています。それが事実です。
誰の仕事という仕事の選別の仕方をしないで、誰かのためにいろんなことをしていると必ず自分に返ってくる。それを願っていなくても返ってくる。
その返ってくる一番は心が豊かになる。それってすごいことで、同じ一生であるならば心は豊かになりたいものです。
進んでいろんなことをかって出た方がいい。
だってあなたには神様が与えてくれた「気づき」の能力があるのだから。神様がその能力を使いなさいと仰っているのですから。