子どもが保育園に行き出したという話を以前に書きましたが、家に帰って娘に「今日はどんなことがあったん?」と聞くと必ず「ここみちゃんと遊んだ!」と言います。
「友達いっぱいできそうか?」と聞くと「ここみちゃんとお友達!」と娘の中ではここみちゃんという子がお気に入りみたいです。
ただ、妻には「ここみちゃんと、ことみちゃんと遊んだ!」とも言うらしくその存在自体がわけがわからなくなってきているのも事実です。
娘は毎日楽しそうに行くらしいですが、息子はワーワー泣くようで、最近泣きすぎて声が枯れてきています。
僕の保育園の想い出は、まず弁当に持っていっているおにぎりが1つしか食べられなくて、先生に食べ終わるまで遊んだらいけないと言われ、毎日白い小さなおにぎりとにらめっこしていたというのが印象深い。
どうしても1つしか食べられなく、じーっとみんなが遊ぶなかにらめっこしていた気がします。
そして、悪いことをしたら入れられる「へびの部屋」これが恐かった。
保育園のすぐ裏が山になっているもんで、教室の北側の窓を開けると木や草が茂っていました。
窓から外に出されしばらくお仕置きされるのです。
今思えばぐりっと東側や西側にまわり、南がわの正面入口へと脱走できたんですが、当時はみんなそこで泣きじゃくっていました。
悪い事をしたらへびがいるとされる草ボーボーのところへ窓から出される=「へびの部屋」に入れられるということがとても効果的なお仕置きで、とても怖かった記憶があります。
そして、プールです。自慢じゃないですが僕は泳げません。
水泳がめちゃくちゃ苦手です。
プールの中で目を開けられるようになったのも小学6年の時でした。
プールの底へゴルフボールを落とし、潜ってとるなどということを小学生のときよくしていたと思いますが、全て足で取っていました。
水が怖くなったのも保育園が原因で、夏のプールの時間、顔をつけるのをためらっているところを、担任の先生に後頭部を押され水の中へつけられたのが原因です。
あのときは怖かった。人が覚悟もできていない状態のときに無理矢理に水の中へ押し込むもんですから水は飲むは、顔だけですがおぼれました。
小学生まで「あのババア」と恨んでいましたが、今となれば当時の先生もまだ20歳代と若く、指導も未熟だったんだなぁと考えられるようになれましたが、以来泳げませんし、今、年中僕がお湯で顔を洗っているのもそのトラウマからだと自分で分析しています(笑)。
あまり良い想い出のない僕の保育園の記憶ですが、子どもたちにはぜひ良い保育園の想い出をつくってほしいと願います。
先日、うちの会社の18歳の新人目木のことを書きましたが、彼が僕に言ってきました「僕、初任給もらったらお母さんに何かしてあげたいんです」と。
子を持ち余計に思いますが、保育園に行き、小学校、中学校と成長していく我が子、その子が社会人になりそんなことをしてくれたら僕は100%泣きますね。いや、今想像しただけでも涙が出そうですもんね。
そしてそれを聞いてもう一つ感じたのが、彼にとってのその初めての給料を払わせてもらえるのがうちの会社であること。
これって感動です。嬉しいことです。
話が何かとびまくりましたが、若いものを見ると子どもとかぶってしまいます。