最近の若者は、失敗をするくらいならしないほうがマシだと考える人が多い、いや全体としての割合が大きいんではないかと感じますがいかがでしょうか?
僕のまわりだけに多いのかもわかりませんが、失敗とかリスクを極端に恐れているように感じます。
もちろんそうでない方もたくさんおられるでしょうが、おじいさん世代とはあきらかに違うような気がします。
うちの仕事でいえば「クレーム」これはゼロにこしたことはありませんが、僕はクレームにも段階があり初期段階は「お客様の主張」だと考えていますので、クレームがないほうがむしろ不自然であり、必ずあるでしょうし、それにきちんと早い段階で向かい合うのが正しい姿勢だと思います。
失敗を恐れる傾向にある若者はクレームをすごく大きなものと感じ取る。
学生時代に叱られた経験が少なすぎるのか無いのか非常に失敗を恐れる。
お客様からいただくクレームにきちんと取り組みと今まで以上に強固な信頼関係が生まれる事は多々あるのに「しまった〜、どうしよう〜」とへこむ。
失敗をしたり、悪いことをしたらまず心から「すみません」「ごめんなさい」と謝るのが何より先であるはずがそこが欠落し、どうしよう〜と悩む。
ひどい時には問題は先送り、思考停止そして言い訳。
これでは話になりません。
失敗は何かをしていくうえで必ず起こることだと思います。
失敗をしたら責任も発生しますし、叱られもします。
しかし、ただそれだけの事ではないでしょうか。
まさか命まで取られませんし、法外な支払い要求もありません。
そしてハイリスクハイリターンとはよく言ったもので、失敗を恐れるがゆえに行動しているとローリターンしかない、すなわちあらゆることで少しの成果しかあがりません。
成果だけでなく、感動さえも両腕を突き上げ涙するようなものは生まれないでしょう。
成功と失敗が紙一重のものほど勝ったときの喜びと充実は格別であります。
失敗の何が怖いんかな?再度チャレンジしたらよいだけのことにしか思えないんですが安全牌でいこうとする。
昔の人みたいにいざとなれば腹を切る覚悟がないと命はかけれない。そのいざというときに真っ先に自分だけ助かろうという軟弱な気概しかないと大きな仕事はできないと思います。
そして、それと同時に考えたのが、若い人が失敗を恐れるということは僕なら僕が、いざという時に責任をとってもられるという器の大きさを示せていないのと、ちょっとした失敗に対して叱りすぎているから萎縮している面もあるのかなということです。
やはり、自分のまわりに起こる様々な事象は自らの発しているものが影響していると思いますから原因が無いわけはないと思います。
自分に対して思うのが「なんぼでも失敗してこい!思い切ってやれ!責任は俺が全部取ったる!」ということをもっと考え、伝わるよう精進しなければならないということ。
そして、会社やそれ以外の身近な若い人に思うのが「失敗しないとどうしたら成功するのかわからんよ!失敗したらそのときは心から謝る、そしてそこから逃げずにそれを良い方向へ導くことに全力を注いだとき、見えてくるものがありますよ」ということです。
僕は今も昔も失敗だらけ「失敗の数だけ成功はある!」と思っています。若いうちはガンガンいかないといけませんよね。
歳をとると誰しも守りに入るものと聞きますし、こんな僕でも昔よりはそういう傾向にある気もします。
若い人は思い切っていきましょう!