去年、ある児童養護施設に伺ったとき教えてもらった価値観があります。
それは「このような施設で育っている子供たちはただ可哀想な存在ではなく、ここで育つからこそ学べることもありますし、ここにいるからこそ身に付くこともたくさんある。誇りをもって育てているし、親がいる子供たちと何ら変わらず元気に成長している」ということです。
これはその施設の園長先生の言葉ですが、僕はそれを聞いて確かにその通りだと、僕は今まで可哀想という価値観が心の多くを占めていた。
それが前提で何かしたいという気持ちが生まれた。
それは決して悪いことではないが、人は哀れみの目で見られて嬉しいか?そんな訳があるはずない。同じ地点に立ち、その上で足らない部分を助け合うという価値観が本当に大切なものではないか。
表面だけではなく、やはり何でも本質があるし、実際その立場にある人の意見は勉強になると感じたのです。
今、日本テレビで「明日、ママがいない」という児童養護施設が舞台のドラマをやっています。
僕は見ていませんが、その内容が養護施設の子供や職員への誤解や偏見を与え、人権を侵害しているとして放送の中止が求められているという事実があります。
放送局と中止を求めている側とでどちらにも言い分があるとは思いますが、そこで最も大切にしてほしいと願うのはおもしろければ何でもありという感覚は絶対に違うと思いますし、当事者の立場、特に小さい子供や若い子は世の中の大人がみんなで守って育てなくてはならないのであり、傷つけるようなことがあってはいけないどころかありえないと思います。
もちろん内情の考証と言いますか事実に基づき放送していると思いますが、以前の僕のような「可哀想という感覚」が最上位にあり、そのむこうが分からないような特に10代の学生たちがその中身までみんながみんな読み取れるのかということがあると思います。
難しいことを書く作家の本が僕にはよく理解できないが、知識人と言われる人々にはサラッと読めるというようなことが往々にしてあると思います。
ただ、放送でかどうかは別として、こういうことをオープンにすることも大切ではあると思いますが、まずは教育が大切だと思います。
もっともっと実情を正しく認識し、その上で普通にぬくぬくと育ててもらった僕らがどのような気持ち、感覚をもたないといけないかを教えてほしいし、学びたいと思います。
それがないとそれこそ誤解や偏見、差別を生んでしまいますし、大人の責任や社会の責任はそこにあると考えます。
ドラマがこの先どうなるか分かりませんが、そのドラマがあるおかげで当事者である子供たちが良いようになればありがたいですし、悪いようになるなら順番を大切にして、それから放送してほしいなと願います。