祖母が亡くなり、通夜と葬儀に愛知県に行ってきました。
生まれたときから25歳で実家を出るまで共に過ごした父の母です。父が2年前に病気になってからは介護ができないので、父の弟が暮らしている愛知県に引っ越していました。
88歳なので大往生だと思います。
介護が必要な状態でしたし、正月に会ったときからほぼ意識がなかったので覚悟は僕も家族みんなもしていましたし、両親も準備ができていたので悲しいですが親戚、従兄弟とも久しぶりに会えて良かったと思います。
そして、もう一つ安心と言いますか、心から良かったと感じていることがあります。
僕の頭の片隅にずっとずっとあったこと。
それは祖母と父の寿命の事。
僕の父は僕にはまだまだ欠如している優しい気持ちをもった人で、祖母が調子が悪くなってからは病院や買い物に連れて行くのは当たり前で常に面倒をみていました。
そんな父が大きな病気になり、祖母の面倒がみられなくなったことをすごく気にしていました。
僕には一切そんなことは言いませんが、実家から愛知県に引っ越しをさせるのも苦渋の決断だったと思います。
父は何度か手術をしていますが、最初の大きな手術を乗り越え、退院できた時僕が車で祖母に会うために連れていったときは泣いていました。
祖母も父に「声はでなくなってしまったが命があって良かった。良かった。」と泣いていました。
僕と母の関係でもそうですが、母は一生お母さんで息子は60歳になっても70歳になっても息子なんですね。
祖母が「私より先に逝ったらあかんで」と父に言っていました。
父はうん、うんとうなずいていたのが印象的で、それ以後何度か僕は父に「おばあちゃんの葬式は出たらなあかんよ」と話をしていました。
僕にも子どもがいますが、僕が子より先に死ぬのに何の抵抗もありませんがその逆は考えられません。
おぎゃーっと生まれたあの小さい娘と息子の体をだっこした感触は今でも鮮明に覚えていますし、一生忘れることはないでしょう。
祖母も父に対してそうだと思います。
なので、今日無事に父が祖母の葬儀に参列でき良かったなと思っています。
父の後ろに僕は座っていましたが、その光景を望んでいましたので本当に良かったと思いました。
おばあちゃんとの思い出もいっぱいあります。感謝しています。
とても良くしてもらいましたし、おばあちゃんがいなかったら僕は存在していないという類いのことを最近よく考えるようになりました。
そして、何より順番が守られて良かったと、ずっとそれがひっかかっていたので本当に良かったと思っています。
子は親より先に死ぬのが最大の親不孝。父はやはり親孝行だと思いましたし、祖母も喜んでいると思います。