この世の中はあらゆることでバランスがとれているなと思います。
何かを得ようとしたら、それに見合う事をしなければならない。
買い物をするときにお金を払う行為がその最たる行為です。つり合うだけのお金を支払い、商品を取得する。
また、医者になりたいという人はそれに見合う勉強をして、それに見合う学費を払う。
将来の夢が「幸せな家庭を築く」という人と「フェラーリをたくさん買い、庭に並べる」という人が同じ毎日を送っていたらバランスがとれない。
自由というものはその典型であります。
今は自由な世の中なので、それが当たり前になっていますが、自由というものを勝ち取るためや、また維持するためには、自由ではないものいわば不自由を、欲しい願う自由に相当するだけ我慢や努力や労力として支払わねばなりません。
権利と義務は対なる物であり且つ連続性のあるもの、そのバランスが崩れるとその制度は保つ事が不可能となります。
ギャンブルもそうですね。先日の競馬のオークスは断トツの一番人気のハープスター(私の娘は「えーお馬さんやのにハムスター!?」と言っていました。余談ですが)がまさか敗れましたが、オッズというものがバランスをとっています。
株もそう。我々素人がみんながみんな株で儲かるはずがありません。素人が損した分、ファンドなどのプロの投資会社が利益を出す。世界で絶対にみんなが同時に株で儲けているという状態はありえないでしょう。
社内でも例えば店長や部門の長に権限を少しずつ与えていっていますが、それと同時に彼らには責任ものしかかっていっています。
自分の部署や部下を統括し、仮にその部署の部下に対して意見を言うとき自らを通してくれと上司に申し出てくる中間管理職は、今後その部署内の部下に対する注意等も彼、彼女が引き受けることになるのです。それがバランスであり、覚悟であります。
部下の失敗が上司の責任であるなら、部下の成果も私は上司の力だと考えます。良いとこ悪いとこどちらも、がバランスです。
給与もバランス、給与に見合っていない人に給与が支払われることは異常なことと言っても過言ではありません。
リスクというものは必ずハイリスクハイリターンであり、ローリスクローリターン。
リスクのある商談や顧客はいわゆる利益を大きく生むようなものが一概に多いです。しかし、そこには損というものがそれと相対して存在します。
無難に無難にいっていたらそこから生まれるものも僅かです。
大きな借金をしているからこそ得られる普段の生活は、一歩それが破綻すると維持できないところもまさにバランス。
この世の中本当にうまいことなっているなと思います。
自らの望むところにつり合うものを提供するということの連続が、そこへの到達を導くのだと私は思います。