私にはまだ大きい子どもがいないので想像ではありますが、中学生、高校生くらいのお子さんをおもちの方はおそらく「信じる」ということをお考えになられるんだろうと思います。
逆に私がそのくらいの年齢の時、また20歳くらいの時、私は親とそのようなテーマについて話をしたことはございませんが、私の事を信じていてくれたと思います。
これには疑念の余地はありません。父からも母からも信じてもらっていたと思います。
もっとも私は裏切っているような行動はとったことはあります。もちろんです。
もちろんというのもおかしいかも分かりませんが、子は親の目を盗み悪い事をするのです。
親が聞いたら「えっ!」というような事をこっそりするのです。
それを親は知らないから救われますし、それを全て知ろうとする必要もありません。
子は少し罪悪感にさいなまれながら親の顔色を伺い、ホッとしたり、どうしようと心配したりするのです。
私がそうでしたから、そんな方もたくさんおられると思います。
だから私は自分の子に対しても同じように考えますし、そうなるのであろうと思っています。
何が言いたいのかと言いますと、人は「信じてもらっていると感じるから、まっとうな道に歩む」ということです。
信じてももらっていないのに、親の期待通りの行動をとりますか。
信じてももらっていないのに、親に心配をかけないでおこうと考えますか。
信じてもらっているからこそ、人は心の拠り所をみつけ、アイデンティティを感じ、自身で正しい道に修正するものであると私は思っています。
子どもなり、彼氏であり、会社でいうなら部下ですね。上司は完全に部下を信じてあげること、もちろん部下はさぼります。笑
しかし、信じてあげることが彼、彼女を自分で正しい道に修正する唯一の手段であることは親子の関係からみて真理でしょう。
人を信じないと何も始まりません。
人を信じられない人は意識して信じるように努めなくてはいけません。そうするとあなたも信じてもらえるようになるのですよと私は思います。