「自信がある」「自信が無い」という言葉はよく聞きます。
私は今、個人で営業活動をし、お風呂や外壁塗装、キッチンや屋根から増改築の受注を毎月コンスタントにいただける自信があります。むろん会社の看板ありきの話ではございますが。
しかし、私は今、会社の経営をし、どんどん人を育成し、店舗を増やし売上を上げ、毎期必ず増収増益を達成させる自信はありません。
営業活動においては月単位で考え、その繰り返しが1年を12ヶ月とし、かれこれ120回以上も結果を出し続けてきたから自信があるんです。一度も落とした事はありません。
ただ、経営においてはまだ7年目の会社であり、たかだか7回しか結果を出していませんから自信がありません。
これは謙遜しているんでもなんでもなく今の素直な気持ちです。
なぜそういうふうに感じるかと言いますと、自信というものはすべからく「結果の積み重ねのみ」で構築される心理状態だと分析されるからです。
私がもっともっと経営において結果をだしていったらいずれ「自信がある」と言えるんでしょうが、今は自信という観念ではなく日々挑戦の連続でしかありません。
いろんな事を試し、ちょっと成功し、多々失敗します。
今があるのは大きな失敗をしたことがないのが救いだと考えますが、失敗だと僅かに感じた瞬間に次の行動にでていますから被害が少なくとどまっていると思います。
新入社員によく言いますが新入社員は自信があるほうがおかしいのです。
特に営業もしたことの無い人間が入社してきて、右も左もわからないうちから自信があったら少しおかしいでしょう。
自信は結果の積み重ね、それも成功体験だけから得られる感覚であります。
自信が無いうちは挑戦挑戦また挑戦、チャレンジの繰り返しでしょう。
その境地に至るまでに自分はこれだけ仕事をしていると考えるのは大きな間違いですし甘えです。
悲劇のヒーロー、ヒロイン気取りは必要なく、この世の中頑張っている人なんか山のようにおられます。
その中において結果をだせるかというのが大切であり、努力や練習や数といった泥臭いものこそが己の心の支えとなります。
それは自信という心の支えではなく、自分のやっている正直な裏表の無い仕事は自分自身と神様だけが知っています。それが心を支えてくれます。
私も経営においていつか自信という心の支えがほしいです。
それまではそうやって自分の心を支えていこうといつも考えているんです。