現代社会はとかく情報が非常にたくさん入ってきます。
朝起きた瞬間から寝るその時まで、一昔前なら新聞などの紙からの情報やテレビやラジオだけでしたが、今はインターネットがあり、スマホがありますから移動中でも待ち時間でもありとあらゆる時に情報が入ってきます。
皆さんは昨日観たテレビの内容をどれくらい覚えていますか。
私はほとんど覚えておりません。何でしたかお金持ちのモデルをしている娘の家を、お笑い芸人が訪問していたような内容でしたが、私が本を読みながら観ていたせいもあり90%覚えていません。
テレビで今週明確に記憶にあるのは、NHKの大河ドラマ「軍師官兵衛」だけであります。岡田准一の縁起は最高に上手いですよね。
話を戻しますが、私のブログを含め、記憶に残らないような情報は必要ないのではないかと、情報が多くなるにつれ思います。
私もスマホでニュースも観ますが、一分一秒を争うほどの情報戦を私はしているわけではなく、ただ一応経営者なので新聞は日経と何かしらは読まないと取り残されますが、それでほぼ足りているような気がします。
私がFacebookを辞めたのもそこです。
必要でない情報が入ってくることに疲れを生じました。
特にあれは遠くにいる友達や普段まず逢わない人とする分にはよいですが、毎日顔を合わせるクラスメートや職場の人間とはまずメリットは無いと私は感じました。
だって知らなくてもよい情報は知らないほうが幸せで、少し以前はそうでした。
誰と誰が繋がっていようが、ご飯を食べに行ってようが、知らなければ何の感情の起伏も起こりませんが、知ってしまうとそこにはいろんな想いが交錯します。
何でもかんでも知る必要はないですし、情報の本質と好奇心のバランスが逆転したらただの品のない週刊誌と同じでしょう。
現に今はブログやTwitterで発信するだけなので、とても楽ですし、そもそも何を目的として会社をしているかを考えるとそれで十分すぎるほど十分だったのです。
本もそう。ストレス解消や娯楽的要素ももちろんありますが、原則情報というものはそれをインプットし、その情報を自分なりに利用してこそ初めて役に立つ物であるといえると思いませんか。
極論かもわかりませんが、知ることにあまり意味はないような気がします。
それを活かしてこそ初めて情報は役にたっているといえるのではないでしょうか。
そして、情報を取り込むことにウエイトがいってしまうと情報に縛られ、毎日をそして人生の価値を少々下げてしまうのではないかと思います。
情報は選ぶべしです。