子どもの学歴を誇らしげに言う親がいます。
「うちの子はどこどこの私立の中学に通っている〜」
私も自分自身がそんな年になったのかと感じる反面、やはり子どもが頭がかしこいと嬉しいものなのかなとも思います。
生まれるときは誰もが「五体満足なら男でも女の子でも」と得てしてバカでもよいと思うのが親だと思いますが、健康に産まれたなら欲がでるのも普通なんでしょう。
ただ、あまりに息子や娘に入れ込んでいる親は私は美しくないと感じます。
「医者にしようと思うんや」
こんな言葉を聞きますが私は「あなたは何歳ですか」と思ってしまいます。
たかだか30代にして息子に人生をかけるお母さん、どれくらい本気で言っているのか知りませんがあなたが何かを残しなさいよと思います。
子どもと親は別人格。子どもがいくら立派に育とうとそれは親の影響は非常に大でしょうが親の人格や人生とはまた別物、すべからく本人のものであり、親は親で何かで結果を残すことに邁進し、人生を終える必要があると思いますがこれは私が変わっているんでしょうか。
子どもに道筋をたててあげるのと自分の人生を子どもにかぶすのは違う。
あなたがやりなさいよ。自身がこの世に残す成果の大小に値打ちがあるのではなく、自身が何かを子どもの代に残したという事に価値があるのではないか。
それは子どもを産んだというようなことではなく、個人個人が己の人生をかけ世の中に何かを残すことは人生のテーマではないかと思います。
子どもがかしこく、成績優秀で良い学校に進学するのはもちろん嬉しいことでしょうが、親は引退してはいけません。
プレーヤーでいなさいと、あなたが何かを残しなさい、その上で子どもを導いてあげるのが正しい姿ではないかと私は考えます。
30〜40代は子ども中心の生活になるのが多くみうけられる姿ですが、子どもに依存するのは違います。まだまだプレーヤーでいなければならない世代だと私は思います。