さすがに市長選と市議選は選挙カーがよく走り回っています。
衆院選が小選挙区制になってからはその台数ももっぱら少なくなりましたが、やはり選挙はあの車が走りまわり、名前を連呼しているのを聞くと盛り上がるなぁと感じるのは私だけでしょうか。
そして、もう一ついろんな立候補者のポスターやのぼり、そしてコメントから思ったことがあります。
それは当事者の意識です。
「姫路を変えよう!」「新しい市政」「変革」例えばこのようなフレーズを聞き、少なくとも私は今現在において姫路市に早急に変化が必要だなどとは思わない、おそらくそれは間違いなのでしょうが。
感じてないのです。
当事者ではないんですね。
しかし、これがこと会社の事となると心の底から今すぐに変化変化変化、そして危機感を朝起きてから夜寝るまで時には体がむずむずするくらい感じます。当事者だからでしょう。
私は市の現状がどのような状態か、また毎日いろんなことが間違いなく起こっていて、そしてそれは表面ではみえないところではどのようなことになっているのか知らないし、おそらくさほど興味がないから当事者意識がなく、危機感を感じず、変化のフレーズにピンとこないのでしょう。
しかし、この世の中、動かしている側はみんな変革を訴える。
当事者になれば変化しないと生き残れないことをヒシヒシと感じる。
市に変化は間違いなく必要で、それを現職が成し得るのか、はたまた新人が行うのかは私にはわかりませんが、一市民としてはそれをキャッチフレーズとして使うのではなく、首長や議員には全力で変化変化を完遂してほしいなと思います。
自分が市の「変化」に対して鈍感であると感じた今回の選挙のフレーズで、自らが訴える会社の変化というものがいかにうちの会社のみんなに浸透しているかいないか、またそれが例えばうちのNo.2の取締役本部長の平本と、入社半年の子では天と地とほど違うということを再認識しました。
当事者の意識。持てば持つほど危機感を感じ、そしてだからこそあらゆる変革を成し得ている側があり今がある。当たり前や自然発生は無い。
また、当事者の意識を持つようになれば困難を発見し直面する。最高です、その先には成長があるんですから!
もっともっとアンテナ張り、当事者意識高めます。
絶対、評論家より当事者がかっこいいですもんね!