今日もいろんな事がありましたが、素晴らしいなと感動したことがありました。
ある取引先から先月、プロ野球の阪神戦のチケットをいただいていたんです。
とても嬉しかったんですが、月初めの平日の夕方で、私自身が行くわけにはいかないのでお世話になっている方に「いただきものですが」とお譲りしていました。
とても喜んでいただき、当日は雨天にもかかわらず甲子園まで行かれたそうですが、門の前で中止のアナウンスが流れたと聞きました。
私もそれを聞き残念に感じていたのですが、でもありがとうとおっしゃっていただきありがたいなぁと思っていました。
ドームではない甲子園ですからそんなこともあるでしょうし、しょうがないこと、私はいただいた先にはそんな報告はしていませんでした。
ところがです、今日またその取引先から甲子園のチケットをいただいたのです。
私は不在で、メモにはこういうことが書かれていました。
先日は雨で甲子園での野球観戦残念でした。16日のチケットを用意した、そして今度はまた雨に備えて17日の分も用意したと。そして最後に「是非とも楽しい時間をお過ごしください」と。
私、感動しました。
相手にあげたチケットの結果にまで気がいっていることに。
普通、晴れて何事もなくゲームがあろうが、雨で中止になろうがチケットをあげたほうには極端な話関係のないことでしょう。
雨はしょうがいないことですし、チケットをあげたという行為に偽りはありません。
しかし、その日を覚えておられたことにまず感動した。そして、雨で観れてないから代わりに再度用意していただけたことに感動した。
素晴らしいなと思いました。
私はそういうことができていませんでした。
人にものをあげることに喜びがいき、その結果にまで気が回っていませんでした。
しかし、そういう細やかな配慮に感動しました。
私は先日チケットをさしあげた方に再びお届けできました。
こちらもとてもお喜びいただけ、ありがとうありがとうと言われました。
贈り物は相手に喜んでいただかないと意味はないと私は思っていますが、行動ができていませんでした。
チケットを渡した後のことまで気にかけてくれありがたかったです。
そしてその事がどれほどの感動をうむのかわかることができました。
できていなかったことを知ることができました。
贈り物はまずは気持ちですね。そんな細やかな配慮ができるってすごいことだと感じました。
次からは私自身もっとそういうことまでしていこうと気づけた一日でした。
そして、そんな気配りができるところや人と付き合いを深めたいと思うのがやはり人間でしょうね。