父が亡くなりました。土曜日の真夜中でした。
ずっと看病をしていた母から電話があり、急いで駆けつけたその直後、息を引き取りました。
母や先に到着した弟たちが言うには、もうダメやとなりかけたらしいんですが、私が来たという瞬間、心臓の鼓動を知らすあの機械の音が大きくなったらしいです。
最後は「ありがとう」と伝えました。想いはたくさんありますが、父ですが男同士ですから、また父はあまり多くを語るタイプではありませんでしたので最後は「ありがとう」だけを言おうと決めていました。
父は最後、私に何かを言ってくれました。一言、二言。音にしたら「あ、あ、」でした。
そして亡くなりました。
真夜中の病室の中、テレビドラマでよく目にした心臓停止の音が鳴っていたあの瞬間は忘れません。
父は3年半よく病気と向かいあいました。
3年半前の年明け、母から電話があり「お父さん、検査したら末期の癌やった。」と聞いたとき、心臓が止まりそうになりました。あれが青天の霹靂、こんなに人は呼吸も困難になるほど驚き、心臓がドキドキなるんだと知りました。私がそうなんですから、父や母のそれは比べものにならなかったでしょう。
当時は全く受け止められなかった父の死。その時の大手術、声帯を失い、放射線治療や抗がん剤を打ち、少しましになってはまた転移、そして他のところが悪くなる。入退院の繰り返し。それを目の当たりにして、これが病の苦しみなんだなと知りました。
そして、父の姿をみて、父は人生で一番怖いはずである死ぬということと向き合っている。決して逃げていない。人生で死ぬこと以上の恐怖はあるのか。すごいな。これからの人生、いろんな事が私にも起こってくるだろうが、絶対に逃げない一生を送ろう、最後に身を持って教えてくれた事を一生心に刻んで生きようと決めました。
大きな大きなことを教えてもらいました。何も怖くない。
今日の夜のお通夜の打合せが終わり、実家で親戚一同と過ごしています。
実家からは公園が見えます。
半袖でしたので今みたいな夏だったんでしょう。
コマを外し、自転車に乗る練習を父としたなぁ。何度もこけて膝や肘をいっぱいケガしたあの公園。
私の自転車の後ろには父が。荷台を持ってくれて走っては離し、持ってくれて走っては離しでした。
私はすぐに乗れるようにならなかったなぁ。
でも何度も何度も全く怒らず笑って付き合ってくれた父でした。
一生が終わったんだなぁと感じています。
最後に関係各位、多くの皆様からあたたかいお言葉やメールをいただき本当にありがとうございます。会社でも月末に私が休まないといけないので一層頑張るぞとなってくれていると聞きました。皆様、本当にありがとうございます。