東京の三鷹市で3年前にあった、高3女子が刺殺されたストーカー事件の再戻し審、私の常識では理解ができませんがどうなのでしょう。
まず、なぜリベンジポルノの処罰を追起訴することが違法かどうかを問われないといけないのかがわからない。こんなものは弁護士のこじつけとしか思えない。
裁判では当然ながらこの主張は退けられましたが、遺族の心情を無視しすぎで、これが法治国家ならそれは正しいのでしょうかと疑問に感じてしまいます。
それに加え、画像の投稿の罪が加わっても量刑が同じっておかしくないですか。私はおかしいと思いますし、ではそれは犯罪ではないのでしょうか。
裁判長は「画像投稿の罪が加わっても検察の求刑はやや重い」と発言していますが、人の命を自己都合で奪った罪が懲役22年とは私はやや重いどころか甚だ軽いと思います。
私は以前から言っていますが、戦争中と正当防衛は当然ながら、家族間の介護疲れなど人情で鑑みることのできる事情がある時以外の意思のある殺人は死刑にすべきだと思います。
今回も件など死刑でしょう。
22年とか25年とか言っているような次元の話ではないでしょうし、そもそも加害者を更生させる必要性はどこに、そこに正義はあるのかと強く思います。
一人の人間の命を奪ったわけです。もうその子は帰ってきませんし、ある日突然殺されたんです。神様に生きなさいと誕生させてもらった人間の命をたかが同じ人間が奪ったんです。その罪は死をもって償わないといけませんし、それでも償えません。
私はここをもっと変えて欲しいと思います。世界では死刑を廃止にしようとする世論がスタンダードになりつつあるのかもしれませんが、人を殺した人間に更生の機会を与えてあげる必要性がどこにあるのか、また刑務所でご飯を食べているのを考えただけでも腹が立ちますし、私がその被害者の親なら、世の中が大切な大切な子を殺した人間を死刑にしてくれないのであれば、自分の命と引き換えてでも自ら成敗します。必ず。
世の中では私も含め、多くの過ちを犯して人は生きていきます。
「人を殺した」以外はその内容に照らし合わせ我々他人は許してあげることが大切だと私は思う。人には優しくしなければと。
しかし、「人を殺した」は許してはいけないと私は思う。
この判断基準が正しいと心から思っています。