北海道の男の子は無事に保護されて本当に良かった。
多くの人が心の中でもうダメかもなと思ったであろう、そんな中生きていてくれたことがご両親にとってどれだけの喜びを与えたかは想像に値します。
あの件で私はあのお父さんに対して同情の気持ちこそあるにせよ、非難される必要は全くないと思います。何が悪いのか。
置き去り、確かに置き去りという言葉がうっすらと当てはまりますが、あれは置き去りではなくお仕置きでしょう。
それが正しいかどうかははっきりいって関係ない。
私が書きたいのは、正しいかどうかにばかり焦点を合わせた教育もありかもわかりませんが、正しくないこと、理不尽な教育を受けることも人生生きていく上で大切だと思うのです。
今の時代は効率ばかり考えて、それ以外のことは無駄とする。
無駄はあってはいけないのか。
今の子は、いや、子ではなく現代人は我慢ができない。できない人が多い。
それは、置き去りにされたことがないからです。
何時間も立たされたことがないからです。
理不尽な仕打ちを受けたことがないからでしょう。
悪くもないのに頭をどつかれた時、歯を食いしばって耐えるのか、はたまた「訴えてやる」と叫ぶのか。
人間、効率だけで育てられたらまともな筋肉はつくかもしれませんが、ストレスに対する体力はつかない。ストレスに対する体力は理不尽とも思える行為から非常に多く得ることができる。私はそう思います。
世の中で生きていく上で必須のスキルの一つにストレス耐性が紛れもなくあります。
子供の頃、どう考えてもこれは腹が立つ、なんで僕がこんなに怒られないといけないんだ、大人ってなんなんだ!と涙を流して叱られた経験がある程度あると大人になってから「つかいもの」になる。世の中というものは理不尽なものですから。
そして、逆にそんな経験が無い、ほとんど無い人は正しいか正しく無いかという分析が一番にきて、理不尽に対してはことごとく対抗する。「つかいもの」にならない。
それで世に中は渡っていけるのか。そんな人はロックンロールをすればよい。
あの北海道のお父さんは間違っていない。結果論として大問題になりましたが、そんなことどこの家庭でもあるでしょうし、むしろなくてはならないことであります。
親も子を育てながら成長します。会社でも部下を育てながら上司も成長するんですから同じです。
そんな中、あえて子供に迎合したり、部下の顔色など見る必要はありません。
耐えるということを子は子のうちに学ばないといけません。
そうでないと大人になってから嫌なことから逃げてばかりいる人間になります。
根性のある人間を育てるためにはそんなことも必要ではないかと思うんですが、いかがでしょうか。