「嬉し涙、悔し涙を最近流しているか」と聞かれたらどうでしょう。
そういえば最近流していないなぁという人は、知らない間に熱い気持ちを忘れかけているのではないでしょうか。
ちなみに、ここでの嬉し涙、悔し涙とは能動的なもので受動的なものは省きます。
嬉し涙や悔し涙というものは、多分物事に対して真剣に全力で真っ向から立ち向かった結果に対して顕在化するものであると私は思います。
物事の過程に情熱がなかったら嬉しくて泣くことはない。クソーっと涙はこみ上げない。
あの胸が熱くなる感覚は全て過程がエネルギー源だ。
結果に対し、そこまでの熱い情熱をかけているか。
スポーツ選手が流すような涙を我々も流せているか。
そんな人に多くの人が心を動かされる。それなのに、本当にそれなのに人は年をとるにつれ嬉し涙や悔し涙の数が減る。
挑んでいるか。熱い気持ちで挑戦しているか。結果を求めているか。
特に仕事をしているのなら、そんな気持ちは持ち続けるべきだと思う。
そんな気持ちが薄れたり、無くなってきたら、それに比例して結果というものは出なくなる。比例するし、バランスもとれている。絶対にそうだと思う。
40歳でも50歳でも、60歳になってもずーっとそんな気持ちは持ち続けたい。勝負をするのをやめるまでは。
嬉し涙や悔し涙を流しましょう。