「責任をとる」とはどういうことかを以前から考えてきています。
誰しも今まで一度は責任をとるということを言ってきたと思うんですが、責任をとるような事態にもいろいろあると思います。
結果を出せなかったことに対する責任、というのは「辞める」ということも選択肢の一つだと僕は考えますし、結果をだせないことや者には辞めてもらわないと被害が大きくなる、ということが言えます。
監督とか大臣とか、はたまた業績不振の会社の社長なんかですよね。
その、結果をだせなかった、ということに対する責任以外は僕は全てお金ではないかと考えます。
すなわち、責任をとる=お金を払う、ということに結果至るのではないかと思いますがいかがでしょうか。
事故をした責任も、もちろんその被害の大小によりそれ以外の罰というペナルティーも加わりますが、責任をとるというのはお金です。
工事をしていて何か失敗をする、何かをこわしてしまい責任をとる。
これの責任もお金です。直すにしてもお金が発生します。
新しいプロジェクトを立ち上げ、先行投資したが結果がかんばしくなく損をだしてしまった。
結局、任命と先行投資の決裁をした人や会社が責任=お金を損するのでお金です。
考えていくと、責任をとりますというのはお金を払います、また、損を確定させますということ。お金を主体とする経済面で穴をうめたり、償ったりすることで、これ以上の責任はとりようがない、ということに至るのではないかと思います。
責任をとるというのは覚悟のいることで、僕も自分自身に対してその金額の大小にかかわらず、腹をくくらないといけないことだと戒めています。
それと、失敗をして何かの担当を投げ出したり、辞めさせてくれというのを僕は「責任逃れ」だと考えています。
だって、前述のお金を払ってないんですから。
そして、辞めたら当人はもう攻められませんが、後に残った者は後の処理に追われるわけですし、消えてしまうようなものなどありませんから必ずお金がどこかで発生するんですから。
だから僕はいつも思うんですが、つまらないことで辞める人、例えば政治家の大臣はことの程度にもよりますが、「わしは仕事で返す!そんなスキャンダル知るか!」と言ったらいいんです。
そして仕事で本当に返したらいいんです。辞めてもただの責任逃れ、新しい大臣を任命するのにもかなりのお金が発生せるんですから。
任命式に任命書、またそれにともなう人件費。
少し余談になりましたが、責任をとるというのはお金を払うということではないのかなぁと考え、書いていたら今日も長くなりました。