金曜日に祖父が亡くなりました。96歳です。自宅で就寝、朝に起きてこない、冷たくなっていたという老衰です。
昨日は葬式、火葬場に行き、夕方お寺で初七日まで行いました。
寂しい感じはしますが、全然悲しくはありません。
なぜなら、人は必ず亡くなるということを毎日のように考えて生きているからです。なぜかは分かりませんが、常にその意識があります。
また、そこが1つの結果であるならば、死に方がそれはそれは羨ましいし、良かったなぁと亡くなった顔をみてしみじみと思いました。
私の祖父はそれはそれは活発なおじいさんでした。
書き出したら書ききれないくらい多趣味で、器用で、新しいものが好きな人でした。
昔、白黒テレビを買ったとき、町内でみんなが観に来たと自慢していました。嬉しそうに言っていたなぁ。
ダルメシアンを引き連れ猟をし、大きなヘリコプターのラジコンを飛ばしていた。ラジコンなのに、なぜか白い煙をもくもくと吹き出したあの凄まじい音と風にはびっくりした。
釣りが好きで、いったい何本くらい竿を持っていたか。売るくらいありました。
釣り上げた1メートル80センチくらいの鯛の魚拓はなぜか私が持っています。立派な額がデカすぎて困っていますが。
漁船やヨットをの免許をとり、買って乗りまわしていました。そうそう海上保安庁の船と衝突し新聞に載ったこともある。
なぜかは忘れましたが、さばいた牛の頭を木場のヨットハーバーに持って帰ってきたときのあの光景は今でも忘れない。
牛の顔のデカさと流れる血の量。体が無い牛の恐怖の姿ですが、孫に見せたかったんでしょう。
クリスマスの度におもちゃを買ってもらった。なんでも買ったらいいと。ヤマトヤシキから山陽百貨店へのハシゴは、小学生の私には眩しい時間であった。
いくつか外車にも乗っていたが、クラウンのV8のあのグリルとフォルムのカッコよさが、私の車への憧れに直結したのは間違いない。子供心に高級車は良いなぁって思ったもんなぁ。
80歳を越えてもiPadを買い、Googleアースで世界の街並みを眺めていた。
新しいiPadが出たと知れば、古いのは当時幼稚園の私の娘にポイッとくれ、さらに大きな画面のそれを買って、外で使えるようにWi-Fiまで契約していたなぁ。
太陽神戸銀行に勤めていたから、法人経営者をたくさん見てきたんでしょう。
私が、会社を始めるんやと話をしに行ったとき言われたいくつかのこと、今ももちろん意識しています。
「世の中にはいろんな人がおるから、騙されんようにするんやぞ。そうそう人を簡単に信じたらあかんぞ」
「株は信用取引はしたらあかんぞ」
「お金は持っとかなあかん。商売をするなら手元にお金は置いとかなあかん」
今になればそれらの意味が理解できます。孫に見せる顔とはまた別の時間、銀行員としてバブルでたくさんの経営者をみてきたんでしょうね。
私が赤ちゃんのとき、祖父に抱っこされている写真があります。
頭こそ、若くして横山ノックみたいになっていますが、私を抱く左の腕は毛深く太く、身体は筋肉隆々として豪快なおじいさんです。おじいさんと言ってもそのとき50歳代ですが。
亡くなる直前、身体はもう痩せて細くなっていたのですが昨日、火葬場で目にした骨は、それを想い起こすがっしりとしたものでした。
天国に行っても好きなことをして、楽しく過ごしてください。そして、生き方に影響を与えてくれてありがとう。
素晴らしい死に方が出来て良かったなぁ。本当に。