報告っていうものは、相手の望むこと、関心のあることを伝えること。
これである。
私は報告を受けることの方が多いが、でも、報告をすることも普通にある。
お客様にはもちろん毎日報告するし、たまに下請けの立場になれば、元請けには報告は義務だと考えている。
社内では口酸っぱく言っているが、それでもなお報告に対し、自分本位なところやときがあると感じる。
チャットワークで協力業者さんとのチャットを密にしていくなかも同じように感じることがある。
4月でもあるし、ここで報告というものに対して私も含め、オレンジナイトの関係者は今一度考えていきたいと思う。
報告する際、自分の言いたいことばかり言っていないか。
内容や形式が自分本位な報告になっていないか。
相手の心象を考えているか。
ロボットみたいに機械的な報告になっていないか。
言葉遣いは正しいか。
敬語は使えているか。口語になっていないか。挨拶は入れているか。
コミュニケーションを最重要に考えているか。
そして、何よりも相手(これは都度変わるもの)に合わせているか。
Aという報告がほしい方もいたら、Bという報告を求めている方もいる。
「相手の望むこと、関心のあることを伝えること」と定義付けているのは、そこで、相手を考えてほしいからだ。
客商売というものは、客という主体に寄り添うことで成立する。
故に、私はお客様に合わせて報告も変える。
電話、メール、ショートメッセージ。
写真をスマホで見れないような方にはA4でカラープリントして渡す。
電話を望む方にはそうするし、報告は要らないよと仰る方にはショートメッセージで端的に送る。
そうでないと満足は得られない。
ということは次の仕事はないのだ。
報告というものはそれだけ重要な役割を果たす。
オレンジナイトの社員は考えてみるがいい。
うちのお客様からのクレームは施工が悪いというものはほとんどなく、クレームをいただくお客様からは、もっとこのような連絡がほしかった。相談がほしかったとか、状況を知らせてほしかったという内容であろう。
ということは報告が通り一辺倒、または出来ていないのである。
これは協力業者さんも同じである。オレンジナイト社員みんなで朝礼、終礼で誰々にありがとうという発表をする。
意識して、誰々に対してありがとうを言うのだ。
だいたいこのありがとうは、報告や連絡があってありがたかったであろう。
チームで何かを成し得るとき、報告は結果を出すためのガソリンだ。なのでありがとうをより感じる。
報告は自分本位ではいけない。
相手に合わせるものであり、相手によって変化させるものであり、相手を想ってするものだ。
それがコミュニケーションであり、個人やチーム、顧客満足全てのワンランクアップへと繋がる。
完全に報告をやりきるから次がある。
世の中はそんなに甘くない。やりきって、その上で先があるかどうかである。
私は自分の現場の工事中、また終わるとき、次、お客様に使ってもらわないと存続はないと切に考え、仕事をしているし、生きている。
そう考えて報告というものをしている。
毎日やっている報告、今一度考え、ワンランクアップへアクションしていきたいと思う。生き残りたいですからね。