おはようございます、なんやかんや言っても朝、太陽が昇り始めるのがちょっと遅くなっている。
夏本番やけど、やっぱり物事は登っていくときが最高やな。
夏至を過ぎるともう次は冬至に向かっている。
なんでもピークがあるけれども、1つのピークを過ぎたなら次のピークを目指したいものだ。
やってあたりまえの基準。
昨日も会社の朝礼で、やってあたりまえの基準の話をした。
なんで私が夏の甲子園、なかでも智弁和歌山のファンなのか。
それは前監督の高嶋仁さんのテレビで言っていることを聞いて素晴らしいと感じ、本を読んで感銘を受けたから。YouTubeなんかも多分ほぼ全部観ている。
高嶋さんは何回もその中で言われている。「智弁和歌山が甲子園に行くのは、うちがやってあたりまえの基準が高いから」だと。
そう、いつも甲子園に出るようなチームは、もちろん良い素質の選手を集めているかもしれない。
でもそれだけではない。
やってあたりまえの基準が高い。
腹筋を毎日練習前に2000回するらしい。
それを聞き、さもありなんと感じるような学校や子どもたちが甲子園に行くんだろうし、毎日30回を3セットするような野球部が甲子園に行けるはずがない。
ノックも1時間と、時間で決まっている学校と、午前から初めて、ご飯を食べるのも忘れて夕方まで、時間ではなく、「今日も良い感じになった」と思えるまでやる学校、そんなのどちらが甲子園に近いかなんて誰でも分かる。
朝の5時に起きて、まず素振りを2000回するのがあたりまえの環境にいる子どもたちにはそれはなんら変わらない日常。
大切なのは環境であり、その環境に順応できるかどうかが個人の資質。テクニカルなところだけでなく、心の面。
なんでも結果を出している人たちは、このやってあたりまえの基準が、結果を出せていない人より高く設定されている。
やってあたりまえの基準が高い。
夏の甲子園に出てくるような学校、子どもたちは、そんな高い基準をもちやってきている。
そのうえで、勝ちきれるかどうかっていうのをあの瞬間で表現する。
やってあたりまえの基準。自分自身には常に言っているが、結果を出したかったからそれを高め続けることだ。
高めて、継続してやっていたらそれがあたりまえになる。
環境って大切だから、その基準が高く設定できないところにいるなら抜け出すべきだ。そんなぬるま湯にいてもなんの成長もない。
基準が高い環境に身をおくべし。
そんなふうに思っている。
今日もやりきります。