先週、うちのある社員がこんなことを私に言ってきました。
「誰々さん(協力業者のある方)が、今年はだいぶんうち(オレンジナイト)の仕事が減った。なんでやろ、受注自体が減っているんですか?」と言われたと。
「なんて返した?」と尋ねたら「頑張って仕事をとっていきます」と。
無難な回答である。
しかし、実際はそうではない。
少なくとも、私はこう考え、思って、お客様からいただいた仕事を協力業者の皆さんに発注するよう指導している。
まず第一に、オレンジナイトの考え方を理解してくれる業者さんを大切にしたい。
これって、ずっと同じように変化してきてくれる方もいれば、年月と共に、徐々に方向性がズレてくる方もいるものですよね。
前者は例えば長郷塗装店さん。
創業前の私、サラリーマンのときからお世話になっていて、私が創業するなら一緒にすると言ってくれ、18年間ずっとオレンジナイトの仕事だけをしてくれる存在。
仕事がないときも味わい、お金で苦労をかけたこともあるが、同じように3年、5年、10年そして18年と変化してきてくれ、今現在も「僅か」にも「違和感」がない存在。
もっとも、私の性格や性分を飲み込んでくれているから、それが実現しているという側面もあるに違いないが、違和感がないのはお互い様ではないかと推察する。
こういうふうな存在には、もちろん最優先で工事は発注する。一心同体だからあたりまえだ。
では、昔は価値観は非常に近かったが、年月と共にそれが微妙にズレてくる協力業者さんに、昔と変わらず仕事を発注していくべきだと考えているのかと言われたら、私はそんなことこれっぽっちも考えていない。
自分が成長しようとしていて、少しそれが実現できてくると、それに見合った人が寄ってきてくれる。
類は友を呼ぶとはそのとおりで、まわりにいる人々は自らのステージに似合っている。
私が29歳で創業したときでは、協力業者になってくれてはいないだろうような人に、今は出会えていることもある。
そんな方々を優先して、仕事を発注していこうと考えるのはおかしいだろうか。
職人( サラリーマンも)の一部には「良い仕事」をしていたら仕事が獲得できると思っている人がいる。
そんなわけないだろう。
サラリーマンでも、出世するのは仕事ができるだけの人が出世するか。そんなことはないだろう。
世の中を動かしているのは人の気持ちである。
それ以上のものはないだろう。
余談であるが、世の中は全て「気」で動いているのだ。
何かオレンジナイトで行事ごとをしようとしたとき、参加もしない協力業者さんに仕事を発注するのはおかしい。
堂々と言うが、私にきちんと挨拶をしない協力業者さんに、なぜ大切な仕事を発注する必要があるだろう。
挨拶は何よりも重要なコミュニケーションである。
それが出来ない、照れくさい、かっこ悪いと言っているようでは世の中では通用しない。
うちの世界で何か問題が起こったら、責任をとるのは私である。
彼らはすみませんで済むが、私は済まない。
そんな責任をとる人間にきちんと挨拶をしない人と、私は一緒に仕事をしたいなんて思わない。至極当然ではないだろうか。
2025年は「ワンランクアップ」をテーマにオレンジナイト協力業者会はやってきた。
来年2026年は「戦って負けない仕事」にしたいと考えている。
同じようにワンランクアップし、戦って負けない仕事をしてもらおうと思ったら何が一番大切だろう。
決して職人としての腕ではない。
考え方の共有である。
それ以上重要なものがあるだろうか。
それに共有できたなら、ついてきていただけたら嬉しいし、共有できなければ去っていただくのが正しい姿だと考えている。
仕事の発注、協力業者さんへはそんなふうに思っている。
お世話になった。昔の楽しかった思い出。共に体験した現場。いろいろありますが、それはそれ。
理想、またイメージしている仕事を、より実現していくためにはそれが正しいと考えている。