ある寒い冬の日、仕える織田信長の草履の係であった秀吉は、信長がそれを履くとき、少しでも温かい方が良いだろうと自分の着物の中に入れて温めていた。
信長が部屋の中から戸を開け、外に行こうと草履を履く為に近づいてきたその瞬間、秀吉はサッと抱いて温めていた草履を地面に並べ信長を待つ。
そこへ信長が足を差し出し草履を履く。その直後、信長は「貴様っワシの草履をケツに踏んでいたであろう」と激怒する。
秀吉は言う「滅相もございません。私は殿に温かい草履を履いていただきたくこの胸で、着物の中で草履を温めておりました」
信長は怒りおさまらず「嘘をつけっ!そんなことをいうなら証拠を見せろ」
秀吉はハハーと地面につけていた頭をそろりそろりとあげ、神妙な面持ちで言う。
「この着物についている泥がその何よりの証でございます。私は殿にただただ温かい草履を履いていただきたい一心で、ここで温めておりました。しかし、殿の気分を害しまして誠に申し訳ございませんーっ」
信長はその秀吉の着物の下に着ている白い下着の汚れを見、そしてその秀吉の態度に「そうか、そうか、それはすまなかった。そうかそうか、ありがとう。かわいい奴じゃ。草履取りには勿体無い」と秀吉を昇格させた。
そこから秀吉はトントン拍子に出世し信長の側近にまでなる。
秀吉は当然こんな想いがあったでしょう。
殿のため。喜んでほしい。忠誠心。信長に気にいられたい。できる奴だと思われたい。
そして、秀吉が偉かったのはそんな気持ちを伝えることを怠らなかったこと。
そんな気持ちが、想いがあっても信長に伝わらないと信長も気分が悪いし、自分も気に入られなく、結果意味がないどころかマイナスになる。
秀吉は先に草履の裏についていた泥をわざわざ自分の白いシャツに塗った。逆を向けてせっせと塗った。
だって信長の履く草履の足が当たるところを温めようと思うなら汚れた方は向こうを向くはず。秀吉の白いシャツはまず汚れる事はない。草履は熱が伝わりにくいので裏面から温めても温くはならないでしょう。
秀吉は信長がおそらく激怒したり、疑ったりするのも想定した。
その時に「きちんと伝えよう」と証拠としてさきに泥を自分のシャツに塗っておいた。
秀吉のその姿を見て信長は秀吉をかわいい奴、できる奴と認識した。「伝わった」。
信長もできる人間なのでそんな事はお見通しで、その上で秀吉の忠誠心を表明する姿勢「伝える力」を認めたかもしれない。
仕事でもなんでもここに力を入れることが重要であります。ここに注力せず一所懸命にやっている人が多くいますがいけません。それではアマであり、自分本位であります。
プロはそこをしっかりとします。
「伝える」ということをせずに、相手はわかってくれるだろうという姿勢ではいけない。そこから脱却し全力で伝えること。
そうすると会社、お客様、取引先全てからの評価が格段に変化します。
伝えたいことを伝える。いつもこの秀吉の草履取りの姿をイメージしています。