私が昔、意識していたことの1つです。
学校のクラスくらいの集団において、自分がいなくなったら困る存在でないと存在意義はない。
今日の午前に車を運転していてふと思い出しました。
そういえばそんな風に思って社会に出たよなと。
学校のクラスの人数とは40人くらいを想定しています。
なぜクラスかは覚えていませんが、それくらいのまわりの人には、あいつがいなくなって困ると思われる仕事をしていかないといけないと考えたものです。
「影響せんとあかん」と言っていました。
今思えば40人といえばなかなかの数かもしれませんが、自分がいなくなっても何の迷惑や不便もかからず、同じような日常が翌日から流れるような存在感では人の役にはたっていなく、それはただの組織のコマだよなと思ったものですし、今もその考えは変わっていません。
自分がいなくなっても、まわりの人が何ら影響しないということは、所詮その仕事は代わりがすぐ明日から立てられるものであり、あまり価値はないと言える。
人に影響を与えたり、他人や会社のための仕事をになっている存在ほど、いなくなったらたちまち困る。
例えアルバイトの20歳の男の子でも、毎朝一番に来て店の鍵を開け、掃除をしていたら、それは40人の店ではいなくなったら困る存在となる。
想像してください。その役割を誰かが担うことになるのですから。
そんな存在に私ももっともっとならないといけませんし、そんな存在ほどもっともっと会社では報いないとと思う。
誰も困らない。代わりはすぐ立つ。ではつまらない。困ってもらえる存在に。
それは日々の役割で判断されるのでしょうね。