オリンピックの開会式を眠気に襲われながら観た。
まず始まるのが遅い。
4時間もあるなら17時くらいから始めたらいいのに。
スタートの日本時間20時は米国は何時なのだろう、私には分からないが、絶対に「普通に良い時間」なのだろう。
最初、葬式みたいで怖かった。
どれだけしんみりと国旗を持ち行進するのかと感じた。コロナで亡くなった方をイメージさせる幽霊の演出かと思った。
他もほとんどの演出は私には理解できなかったが、皆さん動きや表情が素晴らしかった。
開催するかどうか分からない大会の中、一所懸命に練習されたのでしょう。
ピクトグラム。これには見入った。感動した。少し遅れそうになったところもあり、関係ない私がどうしようと焦ったが上手い構成で取り戻し、最後まで無事にいった。ドキドキした。本当に良かった。
コロナ一色の大会。各国一応ほぼ全員がマスクをして入場行進していた。それが終わると取っ払い、普通に密になり座っていた。現状をよく表していた。
完全ノーマスクでコロナをスルーさせたスウェーデンがマスクをしていた。郷にいれば郷に従えか。悪いなぁと思った。
いつの頃からかマスクさえすればなんでもOKみたいになった。マスクをしていないとなんでもNGみたいに。エビデンスは全くないのに。お酒も同じ。
聖火台に点灯したのは大坂なおみさんだった。いわゆる多様性重視で、いわゆる日本人らしくない日本人が選ばれる。
そんな人たちを否定は全くしないし、そこを認めようというのがこれからの社会であるのだろう。
しかし、こう思っています。
多様性だからではなく、個人の人格や実績を鑑みてほしい。
多様性だから騎手をさせる。他にもっと適した人はいなかったか。本人は何も悪くないですよ。あくまで政治的にということです。
多様性だから点火させる。彼女はうつ病ではないのか。
今の日本は目立った人が何かしでかすと集中砲火する。それはまずやめたい。そこからが間違っている。
しかし、それを手っ取り早く終わらせる方法がある。それはうつ病などの精神病を患っていると告知することである。
そうすると、それを攻撃することは多様性を認めないことになるとされ、砲撃はやむ。
これは非常に有効であるし、それを巧みに使った彼女はクレバーにみえた。
なので聖火のラストに関し、そんな風に思ってしまい私は残念だった。
学生時代のいじめや、20年以上前のコントが問題視され、現在の評価まで覆される現代。では、なぜ刑法は罪を犯した人を更生させようとするのかが理解できない。
1人殺しても懲役で更生させようとする。レイプしても更生させようとする。確かに更生させるのは大切だ。取り返しがつく過ちなら許し、更生させるのも人の道。
だからこそ、そんな昔のことで今になって才能を否定し、解任するのはバカバカしい。一貫してないではないか。
森さんも名誉最高顧問になればいい。それだけの功績はあるだろう。女性蔑視なんかしていない。あの年代の男性の感覚、価値観である。「女は黙っていろ!」と奥さんには言うが、裏に回ったら「あなた、分かっているでしょうね!」と奥さんに言われたらシュンとなるのがあの世代なのだ。サザエさんの波平をもう少し激しくしたバージョンだと思ってもらえたらいい。
お年寄りを否定知るのではなく、それも多様性ではないか。そんな方々がいたから今我々は平和を享受している。
盛り上がったらいいなと思うし、選手には頑張ってほしいし、途中からでも有観客になればいいなと願っている。そうなれば甲子園ももしかしたらと願っている。
その場しのぎのパフォーマンス的な風潮やルールがはびこる昨今、自分の主張は筋が通っていると思うのですがどうなのでしょうね。