プロ野球の福留の引退のニュースを観て。
自分と完全に同い年だとPLの時から知っていたが、ずっと福留の方が年上に見えていたし、今もだいぶんおっさんに感じる。
45歳とはあのようなベテラン臭漂う年齢なのか。
しかし、プロ野球選手のような結果が全てで、数字が毎年ピシッと出る職業は、自分の能力のピークや、それが落ちて来ているのが嫌でも分かるし、示される。
特に身体能力を多く伴う職業はそれが顕著に出る。
我々のような一般人でも、この歳になると全力で走るのは躊躇されるし、2メートルくらいの高さから飛び降りるのが怖くなる。
昔は足も上がったし、ブロック塀の上から飛び降りても地面でバネみたいに跳ねられたが、今はアキレス腱を断裂するようなイメージがよぎる。
どう考えても20歳代のような運動能力は出せなくなっている。数字にしたら明らかに身体能力のピークをとっくに私も過ぎているのだろうな。少し寂しい気がする。
やっている仕事が頭を多く使う仕事なので、まだピークに達している感や、昔の方が優れていたと感じることは正直ない。
昔より早くに眠たくなるとか、長時間運転していたら疲れるということがあるが、営業成績、経営成績という数字で出る結果はまだ伸びているというのが事実だろう。
でも、いつかこれが「昔の方が優れていたなぁ」と感じるようになるのかな。
商談で、あの一瞬の空気の流れ、言わば「機」を感じることが昔のようにできなくなったと思うようになるのかな。そうなれば紙一重で受注できた仕事を失注するようになる。
会社経営で、ここぞという判断をスピード感を持ってできなくなるようになるのかな。「よく考えて」などという価値観になったと思ったら退いた方がいいな。正しい判断はスピードとマッチしたときにしか結果にならない。チャンスをどんどん逃す。
引退するとき、会見ができるというのはそれまでの功績が素晴らしいと評価されているからだ。
現在のところ、私自身の引退の美学は「まだ出来るうちに」というものではなく「ボロボロになって結果が出せなくなったとき」というのを思っている。
これも年齢とともに変わるのかな。
同い年のプロ野球選手が引退するって寂しいものがあるし、自分に置き換えると、そんなふうに思った日曜日の朝です。