お金にはキレイなお金と汚いお金がある。
10000円にもいろいろある。
10万円にもキレイ、汚いがある。
「100万円には変わりないでしょ」と言っているヤツは愚かである。お金持ちでそんな事を言う人は誰もいない。
お金というものは人間社会、いや、資本主義社会では命と同じくらい、時には命以上に重要視されている。
お金をたくさん稼ぐというのは悪いことではない。
むしろ尊いことだし、日本ではそれは不浄ではなく、素晴らしいことだともっと教育すべきである。
ただ、お金というものは人の喜びによって得ないといけない。
喜びの総量がお金の量であるから、たくさんお金を稼ぐことは美徳なのだ。
人の不幸の上に金儲けなど無い。
あってはいけない。
人をおとしめて稼いだお金は貯まらない。
汚いことをして、卑怯なことをして、そして他人の悲しみのうえで手に入れたお金は残らない。
考え方のステージが低く、また姑息な手段などを用いたり、お金を追って生きている人間で金持ちになった人を見たことが無い。
これは絶対ではないか。
人の役に立っている人って感謝されている。
感謝されている人の元にはお金が集まる。
お金は人の気持ちが形になったものだ。
お金にはキレイなお金と汚いお金がある。
そして、キレイに使ったらまたキレイなお金が返ってくる。
目の前の10000円、10万円、100万円はキレイであるか。
そのお金が自分に入ってくると感じたとき、それがキレイか汚いかを都度考える。
キレイなお金だけを集めるようにすると、不思議と人生は好転する。
目先の汚いお金を追いかけていると、やはり人生はいつまでたってもつまらないものになるだろう。
キレイなお金を集め、キレイなお金を人に与えたいと思っている。