最近70代で有名人がよく亡くなっている。70代ってそういう年齢だと改めて感じる。
平均寿命が80いくつだと言っても、日本人の健康寿命は男は72歳だし、女性は75歳だ。
私はここしか見ていない。健康寿命など医学、いや医療ビジネスのまやかしだと考えている。
生きてなんぼではなく、動けて、そして考えられてなんぼなので、やはり70歳を意識する。
現在46歳なので、そう考えたらあと24回「あけましておめでとう」と言ったら死んでいる。
普段から死をずっと意識している。
だから、それ自体は全然怖くないが、あと24回のあけましてまでに、何かを刻まないとと、それは強烈に想う。
朝礼で「パッション」の話をした。
パッションを熱く持て、それが年齢とともに弱くなっていないか。
そうであるならつまらない。
要らぬ殻が出来てきて、燃えなくなってきているならそれをぶち破れと。
こう思っている。パッションは心のエネルギー。
これを完全燃焼できたなら、死ぬとき、多分笑顔でいけるだろうし、悔いはないと思えていける。
これがまだ残っていたり、不完全燃焼みたいな状態でくすぶっていると、まだこの世で生きたいと思うのだと。
この世の寿命って魂ではなく、体の寿命である。
体は消耗品であるから、10代より20代、そして加齢とともに傷んでいく。そして最後は廃棄となる。
魂を完全燃焼出来たなら、語弊はあるが「元気に」次の世に飛び出せる。
そのためには今現在、この世で活かされているのだから、何かを求められているのだから、人それぞれ何かを残して終わるべきだと考える。
だからパッションは燃やし続けるのだ。
燃やさないと何も残せないから。残したいから。
スーパーサイヤ人みたいに本気でパッション燃やして、そして、燃やしきってしまうのだ。
何かを刻むために。
70代で亡くなられていくのをみて、もっともっとパッションを熱く生きたいと思った。