ジャニーズを見ていて感じる。
ケンカ慣れしていない人がおもてに立つと、めった打ちを食らう。
いや、自らそれを食らいにいくというか、ノーガードであり、性善説で相手に挑みにいく。
得てしてこういう傾向が多い。
東山は「人類史上最大のなんとか」とか「法を超えて補償する」などと言っていた。
良い人なのだと思う。
もちろん花はあるし、アーティストとしては一級品だ。
ただ、揉まれていない。
そして、守られてきたのだ。
人類史上最大のなんとかは、もっともっとひどいのがある。
戦争を知らないのか。
今のガザ地区で行われていることに比べたら、ジャニーズの当事者には悪いが比べ物にならない。それは全然事実であろう。
法など超えたらボコボコ来るのだ、世間は。
法という、逮捕権を持つものが取り締まるルールがあるから、為政者は現状を維持しているわけで、強者も弱者もそれが拠り所であり、特に弱者が法を超えて補償などしても、国家権力はいざという時に弱者にそれ以上のことなどしてくれない。
建築をしていたら、いくらでもこんなケースがある。
足場を組んで外壁塗装工事をしていたとする。
お隣の家から朝一に電話がかかってきた。会社に。
内容は「お前の会社が隣で足場を組んでいる。朝起きたら瓦が飛んできて車に傷がついている。どうしてくれるんだ!」とブチ切れている。
初動として、もちろん伺うことが肝心である。
しかし、電話を受けた瞬間、また報告を聞いたとき、ケンカ慣れしていない人は「申し訳ございません〜」と平身低頭に謝罪し、その瞬間から加害者になる。
そして、罪を犯した人として、罪を償う道へ一直線に突っ走る。
ケンカ慣れしている人は冷静に聞き、その場で謝罪しない。
むろん、お隣に対して「うちではない!」といきなり言ったりはしないが、でも心の中で、うちの職人の仕業かどうか定かではないし、なぜ夜中に瓦が落ちるのだろう、その他いろんなことを考察する。
おもてには立つが、ノーガードで接しないし、語弊はあるが、いつでも殴れますと右の拳を握りしめて話をする。
こちらに非があることがわかれば謝罪はするが、それまでは粛々と対応する。
右の拳を握っていないと認識された瞬間、相手は飛びかかってくる。
それを抑止力というのだ。
そうでないと、世の中で自分の顔で、また頭を張って生きてはいけない。
繰り返すが、良い人はたくさんいるし、気持ちがある人もいっぱいおられる。
でも、そうでない人もいるし、正義もそれぞれにある。
イスラエルとパレスチナを見ていたらわかるだろう。どちらにも良い人はいるのだ。2人であったらすごく仲良くなるかもしれない。
しかし、組織のトップとはそういうものではない。
ケンカは、小さいケンカを売られ、それに勝つことで少しずつ大きなケンカに勝てるようになる。
決してこちらから売るものではないが、仮に売られたら、その売られたケンカが勝てるか、ちょっと頑張れば勝てるくらいだと感じたら買うことでこちらは成長する。
それを経ずに、いきなり強敵に出会えば、一撃でいかれるのは目に見えている。
ドラクエで、レベル1ではスライムが相手だが、いきなり最終章に行けばゲームにもならない。
オレンジナイトでは、社内で、こちらに非があることに対してはきちんと謝罪しなさいと教えていますし、会社のみんなにはあらゆることは自分が源であると教えている。
また、損得ではなく、善悪で判断することと指導しているし、毎週全員でそれを唱えている。
とても大切なことだと考えている。
ケンカの仕方は教えていない。
教えてどうこうなるものではない。
それは、売られて、自分で買うからできるようになるもの。