昨日からこちらの建屋の解体工事にかからせていただいています。
姫路市広畑区です。
建物だけでなく、塀も庭も全部解体し、更地にする工事です。
まじまじと最後を眺めさせていただきましたが、おうちの方々は、私のそれなど、比べものにならないくらい、じっと眺めて帰られたんだろうとなと想像しました。
こちらのお家、私が23歳のときからほんの数年前まで、ずっとお世話になったお客様のおうちなんです。
この度、それを「(ご両親から)ずっと聞いていたから」と解体工事を依頼いただきました。
外壁塗装も屋根の漆喰も、カーポートも玄関のスロープも玄関ドアも。
お風呂もキッチンも、いろんなことをこの26年間でお世話になりました。
一気にさせていただいた工事ではなく、1つの工事で呼んでいただき、また数年後にまた別の工事を、みたいな感じでずっと。
23歳で入社、営業を初め、半年も経っていない、まだまだ新人のとき、飛び込み営業で外壁塗装をご契約いただきました。
テレアポでした。
忘れもしない。
月曜日のポスティング。
仕事の日では自分で営業活動の場所など決められない。
何を隠そう、私が自分で営業にまわる場所を、最初に決めたのはこの地域。広畑の才から青山までの南北のライン。
日曜月曜の会社の休みは、小分けにしてここばかりまわった。川沿い、上に上がっていくのが好きだった。ジグザグに。
月曜日にポスティングして火曜日にテレアポ。
電話にご主人さまが出られて、アポがとれました。何を話したかは覚えていません。もう最初の頃でしたから手はブルブル震えました。
そして翌日だったでしょうか。粘ったそうです。私。後から奥さまによく笑い話で言われましたから。
それに対し、ご主人さまが「うーむ」と言われていたところ、奥さまが「息子みたいなものやん」と言ってくれ、ご契約をいただいたんです。
嬉しかった。
本当に嬉しかった。
まだ押しの一手しかない私。
多分、気分も害されたと思うけど、ご主人さま、奥さまが、負けたふりをしてくれてその日に契約をしてくださった。
翌日、色を決めに伺いましたが、そのときにいただいた奥さま手作りのシフォンケーキ。
あのときが最初で、もう何回も、その後の20年間でいただきましたが、あの奥さまのシフォンケーキが、どんな店のそれより美味しいと今でも思っております。
26年も経てば、仮に当時60歳でも86歳ですから、高齢になり、息子さまのところに行かれたり、お亡くなりになられます。
最後に呼んでいただいたのは数年前。奥さまが、ご主人さまは今は日赤だと言われていました。
息子さまご夫婦は関東にお住まいなんですが、そこからわざわざうちの会社にお電話をいただけるなんて、ご夫婦揃って、本当に私のことを、良いように話してくださっていたんだろうなぁと思います。
「(最初に契約してくれと来た時)、怖い顔してたよ」と後から笑いながらよく言われたなぁ。
「あなたも怖い顔してたわよ」と奥さまがご主人さまにも言われていたなぁ。
次呼んでいただいた時からは、どちらかと言うと、奥さまよりご主人さまの方がよくしゃべられたなぁ。
ご近所でお客様も紹介していただいた。ご趣味があり、顔が広かった。
私が、自分で会社を始めましたと挨拶に言ったときは、我が子のように心配してくれた。
40歳くらいになったときは「社長さんみたいな顔になってきたね」と言われたなぁ。
そんなお客様のおうちを解体させていただく。
他人に解体されるよりよほどいいが、そうやって、人にはそれぞれ持ち家に思い出が詰まっているし、そのおうちに、またおうちの方々に関わった者にも思い出がある。
そんなふうに時代は流れるんだろうし、私もいずれそうなっていく。間違いなく。
今ここで会社をしているのも、コインランドリーを明日OPENできるのも、全てそうやって助けてくれた方々がいるから。拾ってくれた方々が、支えてくれたから今がある。
ただの23歳の若い子やった私。なんの知識もメリットもないただの若い子。
それを「息子も同じように頑張っているんやろから」と仰って、あのとき仕事をいただいた。
私も同じように若い子たちにしてあげたいと思う。
そんなふうにしていただいたから。
と、考えられることがありがたい。
そんな方々のおかげで、私はこんな思考に至っているのだろう。
教育を受けていると言っても過言ではない。
ありがたい。
お客様が30代で建てられたおうち。
思い出がいっぱい詰まっているだろうそのおうち。
それを最後に私に解体工事をさせていただけること、言葉にはしがたい感謝の気持ちでいっぱいです。