2021年06月08日

「男らしさ」「女らしさ」

「男らしさ」「女らしさ」を考える。

 

最近ジェンダーとかSDGsに関するものを知ろうと、自分なりに本などで勉強している。

 

新聞や雑誌でもそれらの文字を見ない日がないほど関連する活字が日々踊る。

 

私1977年生まれは「男らしさ」「女らしさ」を求められる教育を受けて育った世代。

私はそれが正しい、また間違いだとは思っていない。いろんな考え方を知りたいと現在は考えている。

 

「男らしく言い訳をするな!」とは言うが「女らしく言い訳をするな!」とは言わない。

 

では男は言い訳をしない生き物で、女は言い訳をするものかと言えばそんなことはない。人それぞれだ。

 

たぶんそこには男は最後は腹を切るという、明治までの考え方が残っているような気がする。

 

女性も昔の方は腹を切らなくても、頚動脈を切ったり毒を飲んだりと、いさぎよかったものだが、なぜか男にのみそれを形容する。

 

風呂上がり、「熱いのぉ〜」と裸で男が出てくるのは許されるが、女性が「暑いなぁ〜」と素っ裸で出てきたら、私の感覚では美しくないと感じてしまう。はしたない。ふしだらなとまで私は思う。思ってしまう。

 

女らしくとはそういうものだとインプットされているのだろう。

 

男性、女性という2種類の区別では言い表せなくなった昨今、LGBTQという豪華なバーベキューみたいなアルファベットで多様性を共有するのがスタンダードだと言われる。

 

 

そんなことを考えていたらそもそも「男らしさ」「女らしさ」とは人工的に造られたものなのだろうかと思ってきた。

 

確かに、あえて文字にしますが「男まさり」な女性もたくさんいる。「女々しい」男性も特に最近は多い。

 

肉体的な力が男性の方が強く、女性の方が弱いために、遠く古にそのような文化慣習ができたのかなぁとも思う。それが逆なら女が狩りに行き、刀を持ち、タバコをくゆらせ政治をしたのかと想像がつく。

 

サザエさんのフネが「あなた〜もう一杯つけておくれ」とおちょこを片手に台所に向かって叫ぶ。波平が「は〜い」とエプロンをしてそれに応じる。

 

違和感がある。

 

しかし、それが「男らしさ」「女らしさ」の固定観念か。

 

難しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

posted by orangeknight at 13:46
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