おはようございます、晴れ。昨日が晴れだったら、網干の魚吹神社の祭りも気分良くできただろうに。これで播州の秋祭りシリーズも終わりですね。
さて、今月、社内で「会社のお金を増やすことを考える」っていうことをテーマにする機会がありました。
まず、うちの会社では、会社のお金を粗末にしたりする人は見受けられないように思います。
たぶんこれは大きな会社や組織にいる人ほど「会社のお金」という意識を持ち、うちのような小さな会社にいる人ほど「会社のお金」という区別は薄れると思う。
もちろん最上級は個人の自覚や受けてきた教育、今の環境もあるだろうが。
そんななかで、社内では比較的「費用対効果」という認識があまりないんだなぁと知れた。
そらそうかもしれない。お金を払う立場、物事を企画する機会が少なければ、それをあまり考えることはないかもしれないし、個人として、プレイベートでそれを考えるのはごく一部の人である。
それで思ったことがある。
全員が全員ではもちろんないが、私が例えば「どこどこにパソコンが欲しいんです」と言われ「このメーカーのこの商品でいくら」という提案書をもらい「いいよ」というのは、社員の便利を第一に考えてくれていると思われているのではないかということだ。
当然、考えている。
みんなが働きやすい環境。
この整備は社長の大切な役割である。
しかし、それ以上に考えているのは「費用対効果」である。
私はただの良い人ではない。
効果をあまり生まない、ただ社員が便利になるためだけのもの、であるならば、その投資はほとんどしないと思う。
何か提案されたとき、極論を言ったら費用対効果しか考えていない。
私をよく知っている人はうなずくと思うが、私はケチではない。モノやコトを金額が高額か安価だということで判断はしていない。
その理由は、費用対効果が最上級の物事の選別理由にあるからである。
それをして、より一層生産性が上がったり、より一層気持ちが高まったりやる気が出たり、いろんな意味で費用対効果で、いわゆる元が取れるかを考えているのだ。
政治家は、過疎化が進んでいる100人が暮らす村に、まだこれから新しい橋をかけてあげることが役割である。みんながより生活しやすいように。
経営者は、同じ100人の暮らす村が、費用をかけたところで、そこでの生産性が今後高まらないのであれば、その村にもうお金は落とさないし、そこで金でも掘れたなら、いくら資源を集中させても良いと考えるだろう。
そんなことを今回の学びで知ったし、感じたし、考えた。
より社内や近い人たちには知っておいてほしいと思う。
posted by orangeknight at 07:46